北京生活情報

2011年07月22日

日语比汉语难得多?

二か月ほど日々汉语を学んで最も痛感することは、
日本語はなんて難しい言語なんだ、ということである。


確かに外国語は、どれも習得するのは難しい、

一方で、母国語を難しいと思うことは
(少なくとも日常生活においては)あまり無い。

生まれた時からずっと聴き続け、喋り続け、読み続け、
書き続けているのだから、当たり前なのであるが、

もし英語が母国語で、日本語と汉语を同時に習得しようとしたら、
たぶん日本語の方がはるかに大変だろうと思う。

色々理由は考えられるが、簡単に言えば、

・漢字の読み方が遥かに多いこと。
・平仮名、片仮名の存在

この二点である。

たぶん、「やってられるかー!」という気持ちになる
日本語学習者は多いはずである。

汉语は、中国の共通語ではあるが、地域によって方言の違いが大きく、
場所が違えば会話が成り立たないと言われている。

そのため、わざわざ「普通話」を作ったというほど。
だから、中国人で「普通話」を母語にしている人はほとんどいなくて、
みんな母国語と普通話を話せる。
(北京の北方言語は普通話の基になった言葉なので、近しいらしいが、
 それでも訛りは存在する)

「普通話を母語にする人が少ない」ということは、イコール
「完璧な普通話を話す人間はほとんどいない」ということであり、
「聞き取りにくいのが当たり前、ましてや外国人なら尚更」という
前提が存在するということである。

これは、学習者にとって非常に有難いことである。
ミスを恐れず話すことが容易だからである。



日々語学を学ぶ中で、日本語を学んできた過程、
いわばこの28年間をたびたびに思い出す。

6歳の時に本を読むのが上手と褒められたとか、
9歳の頃の日記はこんなだったとか、
中学生で習った国語の詩だとか、
高校で受験した漢検準1級の試験とか(27点/200点で落ちました)
大学で読んだ岩波文庫とか。

そうしたものを経て、今操れる日本語ってのは、
やっぱり自分の色々なことを表せる、「母語」だと感じる。


あぁ、世界でもっともっと日本語が通用するようになれば良いのに、
それだけで日本人が有利になるのに、
現実はその逆に向かっていて、
日本語を学ぶ外国人は(多分)減ってきているんだろうなー、

と、ナンセンスなため息をついてから寝る。
posted by JPAK at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする