北京生活情報

2016年06月21日

ひまわりと雨傘

先週、共同通信のセミナーに出席し、台湾と香港の民主化デモを考察した。

学生中心、中国大陸への反感など、共通点が沢山ある「ひまわり」と「雨傘」だけど、その結果はほぼ正反対。
前者は民進党への政権交代の原動力となった一方、後者は強制終了・体力切れのようなかたちで終結し、主張の中心であった香港行政長官制度の変革は果たせなかった。

※香港のトップを決める行政長官選挙は、現在は1200名の選挙委員会のみが投票できる間接選挙。次回2017年から「1人1票」の普通選挙となる。だが、そもそも立候補に際し、実際には中国側の意向が働く業界団体などから選ばれた「指名委員会」が候補者を2〜3人に絞る、つまり民主派の立候補は事実上不可能な仕組みとなっている。2014年後半の雨傘革命は、その立候補制度に対するものであった。

自分は、香港と台湾の民主化デモは、2つの点で根本的な違いがある、と思う。

1つ目は、闘う相手。
香港は、中国大陸への反感として、中国大陸、いわゆる「北京」と闘った。
台湾は、中国大陸への反感として、国民党、つまり「(考えを異にする)台湾」と闘った。
要するに、台湾は実態上「国家として独立」している状態で、国家の意思決定をめぐる闘争であったのに対し、香港は「国家として中国の一部」ということを認めた上で、「何とかしてくれよ」という意志表明であったのだと思う。勿論1国2制度という前提があるから変なことではないのだが、香港と台湾ではデモの目的を果たすための意志決定のレベルが違い過ぎた。

2つ目は、ビジョンの有無。
香港に住み、少しでも中国語を解するならば、現在香港と中国が高度の緊迫状態にあることは非常によく分かる。香港人の不安と焦りは、「十年」という映画(香港が10年後大陸化する、というオムニバス映画。昨年香港の映画賞を受賞)が大ヒットしていることにも明らかだ。

しかしながら、果たして香港人の目指しているものは何なのか?
仮に、「行政長官選挙」が彼らのいう「民主的」な制度になった暁に、彼らは一体何を変えよう(あるいは、何を変えさせまい)としているのか?
それが雨傘革命にも、普段の各種デモにも、見えてこない。厳しく言えば、「ビジョンの見えない闘争」を繰り広げているだけなのである。

自分が香港人だったら、以下のような綱領を用いて、大きな政党を作ることを目指す。
1.英語・広東語の公用語継続
2.表現の自由、政治的思想の自由、歴史教育の自由
3.香港ドル、米ドルペッグ制の継続

3は別にして、1と2はかなり難しいことであろうと思う。思想の自由は人間、民族としての最も重要な権利であり、その表現の幅は言語によって規定され、政治的人格形成は歴史教育によって形作られる。逆に言えば、これらをコントロール出来なければ、中国共産党の統治の前提は大きく崩れる危険性がある。だから、中国大陸はこれを認めたくないし、制限する方向に動いているのだと思う。

だけど、だからこそ、香港は今まで通りこれらの権利や自由を守り、「香港」としてのアイデンティティを守るべきだと思う。それは生半可なことではないけれど、考えを共にする友人-台湾や日本、その他の民主国家-を味方につけ、中国大陸と「交渉」する。

その偉業を成すに足るリーダーが、「民主化」を謳う幾多の新政党の中に、あるいは香港の別の場所に存在するのか? というのが目下の関心だが、今のところ明確な「ビジョン」を目の当たりにしたことはないのである。
posted by JPAK at 01:24| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月14日

こっそり

4年間ほったらかしにしていたこのブログ、復活させてみようかと思う。

いつの間にか、発信することへの興味を忘れ、内向きな人間になっていたので、せめてそんな気持ちを思い出している間だけでも、せめて極僅かな人だけに向けてでも、せめてほんの小さな情報だけでも。
posted by JPAK at 00:24| 北京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする