北京生活情報

2008年07月06日

モノ言う若者の会、成功しました♪

昨日、無事終了した。

いまや雇用問題や転職フォーラムでは引っ張りだこの城繁幸さんと、
元経産官僚でありながら職を辞して自分のやりたかった飲食店をやり、
今は東京財団で雇用問題等を研究している佐藤孝弘さん。
そして、なぜかその間に青木純平。
(肩書は「きょうの交流会代表」笑)

たぶん参加した人は「誰?」って感じだったのだろうが、
会の皆さんのご厚意で、20分もの時間をいただいて、
「20代、30代の働き方の問題」というテーマについて
話をさせていただいた。

mixiで先週ずっと書いていた議論は、
講演にもとても役立った。
コメントを下さった皆様、ありがとうございました。

僕が喋ったのは、簡単に言えば、下記の通り。
(講演で言えなかった部分、一部補充してます。)

・「働き方の問題を考える」とは、「どのように働くか」ということ
・しかし「どのように働くか」という問いは、「働くとは何か」という
 前提を共有しないことには有り得ない。
・一般的に、働くこととは、
 1.収入を得ること
 2.やりたいことをやること
 この2点に集約される。
・しかし、例えば1と2のどちらかを満たさない行動などは、
 「働く」ということになるのだろうか。
・例えば、無償で行う清掃活動
・例えば、サービスの対価が払われるわけではない専業主婦の家事
・例えば、学生のサークル活動。
・例えば、選挙に落ちた人間の政治活動。
・それぞれ、収入を得ているわけではないケースも多いが、
 本当に、彼らは「働いていない」と言えるのだろうか。
・「働く」ということを考えることはもちろん大切だが、
 思うに、上記の1と2を分けて考えた方が良いのではないか。
・つまり、「収入を得る」ということに対する問題/原因/対策と、
 「やりたいことをやる」ということに対する問題/原因/対策を
 考えるということが大切なのであって、「働くことを考える」と
 言ってしまうと、その議論がごっちゃになってしまい整理できないの ではないか。
・さらに、その上で、「1と2のどちらが大切なのか」を考えて欲しい と思う。
・色々な意見があるのは承知のうえで、僕は「2の方が大切だ」と
 言いたい。
・すなわち、「やりたいことをやる」ということが大切なのであって、
 「収入を得る」ということはその手段であるべきではないか、という ことである。
・福島県の地方議会で、議員報酬を廃止したところがある。
 林業などの自営業で生活が成り立つから、議会への出席手当を
 日当として支払うだけで、月額報酬を全廃した議会。
・より大切なのは、「やりたいことをやる」ことであって、
 「収入を得る」ことはその次であるのではないか。
・「ノブレス・オブリージェ」という言葉がある。
 「高い地位にある人が社会的に背負っている義務」と一般に
 訳され、理解されているように思う。
・しかし、その言葉は、本当は、
 「自身の義務を自覚した人だけが持ちうる高貴さ」と訳されるべきで はないか。
・集まってもらった皆さんが、一人一人立ち上がって、
 一緒に、高貴に戦っていける仲間となれることを期待している。

とまあ、こんな感じ。(偉そうでごめんなさい。)


収入を得られない、正社員になれない。
あるいは、年金の額が少ない。
そんな「格差」が広がっていて、世代間格差やら、同世代格差やら、
そういった議論はもちろん大きなテーマであるし、
自分も関わっていきたいと思っている。

だけど、
「どうしてもこれがやりたい!」
「これのために生きている!」
というものを持てない人がいること、
そしてそれを社会や時代という曖昧なもののせいにする人が、
世代を問わずいるのだとすれば、
僕はそっちの方がはるかに問題だと思うのだ。


疑問を抱かれる人も多かろうと思う。
それは、それで良い。
真実はどこにあるのか、
僕らは何を為すべきなのか。
それは常に探し続けることでもあるのだから、
そこはしっかり議論していけば良いのである。
そのキッカケとなる場作りが、昨日の会であったのならば、
それが何よりも嬉しいのである。


posted by JPAK at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。