北京生活情報

2016年07月10日

「選挙にいこう」は要らない

ネット上に溢れる「選挙に行こう!」という呼びかけ、「投票済証を持っていけば割引」というキャンペーンにいつも違和感を持つ。

「選挙権」は権利なのだから、行使するもしないも自由(そうでなければ、権利とは呼べない)

勿論、特定の人物や政党を勝たせるために、他人に呼びかけるのはごく自然な行動なので理解出来る。あるいは、「投票率が上がると獲得票数が増える傾向にある人物、政党」を勝たせるために投票促進キャンペーンをするのも、戦略的に理解出来る。

けれど、もしそうでないのなら、「投票することは立派なこと」という思い込みをやめることから始めるべき。まずは「何故選挙に行くべきなのか」ということを、徹底的に自分の頭で考えることから始めるべき。「投票に行こう!」と呼びかけるのではなくて、「何故投票に行く(行かない)べきと考えるのか?」という問いかけをした方が良いと思う。統一した正解はないが、自分の答えのある人は、その答えもあればなお良し。僕の考えが正しければ、そのアプローチが、投票率を上げるためにはより効果的。

自分だったら、こうである。

選挙も、政治も、それ自体が立派だということは決してない。将来どうやってお金を稼いでご飯を食べるのか、家族や友達、ご近所の人とどうやって付き合っていくか、病気や事故とどのように向き合っていくか。誰だって考えることを、国民全員で考えよう、というだけのことである。

その議論のリーダーを選ぶ投票権は、色んな歴史を経て、日本では1人につき1票ということになった。そして、今回から18歳以上がその対象となった。投票するのは権利であって義務ではないから、権利を放棄して投票しなくても、何の問題もない。

選挙の結果選ばれたリーダーには、法律を決めるという権力が備わる。法律は、我々の生活に直結する。税率が上がるかもしれないし、読みたい本が読めなくなるかもしれない。学校や病院の設備が良くなったり、外国産の食べ物が安くなるかもしれない。

リーダーが選ばれて法律が決まったら、従わないとペナルティを受けるようになる。その時文句を言っても、警察や検察はとても強い力を持っているから、多分どうしようもない。

そういう中で、自分にとってより良いと思えるルール作りが出来そうなリーダーになって欲しい。だから、1票は選挙結果の1億分の1程度しか動かせないだろうけど、それでも自分の投票できる最大限の数字で、ゼロよりはマシだから行使する。
結果として投票先が正しいかどうかは後にならないと分からないから、現時点で自分の選択を人に押し付けるつもりもないけれど、少なくとも後で反省出来るように、今考えられることを考えたい。
posted by JPAK at 00:00| 香港 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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