北京生活情報

2011年03月03日

激動

RMを終えたのが、先週。
最後まで挨拶回りでドタバタしながら、本当に貴重な3年間を
過ごさせていただいたと強く感じ入りながら、お客さん、社内関係部署、
そして同部署への皆さんへ挨拶を重ねた。

積み重ねた日々は、苦悩と歓喜と誇りが入り混じる。
そして、新たなステージは、希望した人事の部署。
新卒の採用を任され、さらにその後は海外勤務の可能性が高くなった。

結婚し、仕事が変わり、新たなる激動の日々へ。
人生は巡る、という当たり前のことが、とても興味深い今日このごろです。
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2011年02月24日

あと2日

いよいよRM仕事納めまであと二日。
そして近づくは採用戦線。

今日は午前中から夜まで5社を回って、
それぞれにお世話になった方々へ、ご挨拶。

異動の話、結婚の話、その他もろもろ。

またいつかお会いできますようにと、笑顔で左様ならをして。

こういう、人事異動の面白みって、やっぱり奥が深い。
同じ会社にいても、その日を境に、全く生きる世界が変わる。
社内で転職してるようなものだから、異動というのは
合理的で良い制度だなあと思うようになってきた。
勿論生活や家族のことを考えたら、大変なことではあるのだけれど。


2月もあとたった5日。本当に早い。
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2011年02月21日

ハネムーンを終えて

昨日、無事マレーシアから帰国しました。
ハネムーンは,マレーシアのランカウイ島で、
リゾートを満喫してきました。

初の東南アジアは、食べ物:美味しい、景色:美しい、
自然:癒し系、人:のんびり…と、かなり良い思い出が出来ました。

【ランカウイ島】
関空から7時間でクアラルンプール(KL)、
乗り継ぎでさらに1時間行ったところにあるランカウイ。

色々検討した結果、ホテルに選んだ
フォーシーズンズホテルランカウイは、
熱帯雨林の中にあるような静かなホテルで、
動物たちの動く音以外、ほとんど何も聞こえない。
さらに、歩いてすぐ白い砂浜と真っ青な海があって、
心から落ち着くことのできる場所。

カヤックでマングローブ樹林の探検も行い、
大自然の中で全ての喧騒を忘れて、
コウモリだらけの真っ暗な洞窟に潜入したり、
マングロープの海へ飛び込んだり、
生まれて初めて夜光虫を見たり、
とにかく自然を感じる、という貴重な体験もした。


【クアラルンプール】
初めてのマレーシアの首都は、他のアジアの都会と同じく、
車も人も多く、ビルもたくさんあったけれど、
街中に自然も多く、建築等はイギリス文化もマッチしていて、
独特の魅力ある街であった。

マレーシア全体を通じて、
豊かな自然があり、
多様な民族と文化が融合しており、
ナシゴレンやミーゴレン、カレーや中華等、
とにかくご飯がおいしい、という印象。

ゆっくり式や披露宴の準備で疲れた身体を癒し、
日本に戻ってきた。

明日から、新しい日常が始まる。
ランカウイ島のワシのように羽ばたきたいものである。
パタパタ。
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2011年02月14日

結婚式が済んで

本日、無事結婚式を執り行うことが出来ました。

ひとえに、皆さまの応援とご指導のおかげだと思います。

色々ありましたが、出席者の皆さんが楽しそうに話しているのを
見て、本当にやって良かったなぁと新婦と話しています。

一世一代のヴァージンロード行進は、
緊張したけど、お義父さんや本人の気持ちを
しっかりと引き継ぐべく、踏みしめて歩きました。

ああしかし疲れた、、、新婚旅行で羽伸ばししてきます。
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2011年02月13日

結婚式

今から行ってきます。ドキドキ。

天気は晴れ。有難し。
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2011年02月06日

丸に方喰

IMG_5448.JPGIMG_5513.JPG結婚式当日は、和装しないことに決めたので、
こないだ前撮りで紋付袴というやつを着てみました。

家紋もつけてもらって、
豪華な衣装で京都の祇園界隈をうろつきまわっていると、
おばちゃんや外国の観光客や円山公園のハトが集まってきて、
さぞかしスター気分。

一番の傑作は、坂本竜馬+中岡慎太郎の石造の前で
同じ格好をして撮った写真なんですが、
こちらは直接会った方にだけお見せします。

ということで、式まで一週間となり、焦る毎日。
仕事も転機になりそうで、まあ色々と慌ただしいです。

でも、土曜日の深夜に妻と飲むビールは美味。
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2011年02月03日

入籍

2011年2月2日、正式に婚姻届を提出し、所帯持ちとなりました。

責任感に身震いするような思いです。

そうしてみんな生きていくんだね。

これからも宜しくお願い致します。
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2011年01月27日

戸籍謄本

先日、戸籍謄本を入手したのだが、考えてみたら、
自分の戸籍謄本をきちんと見るのは初めてだった。
(他人のものは前の仕事で何度も見ているが)

それで、僕は四人兄妹(姉弟)なのだけれど、
兄が僕が生まれるもっと昔に亡くなっているので、
僕の個所には二男と表記されている。

当然、籍を出ていった人には「×」がつくので、
結婚した姉と、亡くなった兄にはそれがついている。

その手書きの文字と記号が、何故だか僕の目に焼き付いて離れなかった。
当然、親の籍からは僕も間もなく脱退して、自分を主とした
戸籍を、婚姻する方と作るわけで。
当然、相手も親の戸籍から抜け、その記号がつくわけで。

妹にだって、いつかはその記号がついて、
やがて、親2人だけの戸籍となる。

そんな、何十年後かのことを想像して、
きっと、その時に現在を思い出すんだろうな、と思ったり。

そして、亡くなった兄のことを、
思い出せるはずもないのに、思い出そうとした。

僕に人より何か少しでも優れている所があるのだとしたら、
それはきっと兄のおかげなんだろうと思う。

戸籍謄本なんて、物理的にはただの書類なんだけれど、
親とか、姉、兄、妹、
そしておじいちゃんやおばあちゃん。
間違いなくそのつながりの中にいるんだよなぁ、、、っていう
意識を、久しぶりに感じられた。

兄が生を受けた日に、そのちょうど29年後に、
僕は新しい戸籍を作ることになる。
それはただの偶然だったのか、今でも見守ってくれている、
という証拠だったのか。

何にせよ、あと少しで色々なことが大きく変わる転機だと強く感じる。
久しぶりに、落ち着かない最近である。
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2011年01月13日

ノルウェイの森

先日ようやく観ることが出来た。

僕は村上春樹氏のファンというわけではない(と思う)けれど、
この映画は、何となく観てみたかった。

小説の幻想的な雰囲気を、どのように映像化するのか。
あの難解な人間描写を、どのように役者が演技するのか。

ネタばれしない程度の感想としては、
原作を読んだことがない人は意味が分からないので、
その点がどうかと思った。

そういうつくり方をすること自体は悪くないのだが、
それならそうと、しっかり読み込んできてください、と
アナウンスすべきだと思うのだ。

そして、読み込んだ人にとっては、
色々不満も残る内容だったように思う。

僕としては、何よりレイコさんなんだけれど、
やっぱり永沢さんの魅力も、緑の魅力も、
描き切れていないような気もする。

勿論良い所もあったのだけれど。
松山ケンイチは凄いなあってのが、とりあえずの感想。


映画にするなら、5時間くらいにすれば良いのにねぇ。

「海辺のカフカ」とか「ダンス・ダンス・ダンス」とか、
映画化してくれないかな。

駐車場で魚がピッチピッチうごめく図を見てみたい。
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2011年01月11日

Meisterstück 149

ケネディ元大統領が、アデナウアー元西独首相に対して、
調印式の時に貸してあげたのが、
モンブラン社の「Meisterstück 149」という万年筆だったらしい。

一生使えるものが欲しくって、色々検討した結果、
結納返しとして万年筆をいただいた。
それが、上記の「Meisterstück 149」。

今まで万年筆を使ったこともそんなに無いけれど、
初めて持つ万年筆が世界でも認められたモデルだということで、
今日から万年筆マニアになろうと決意しました。

思ってた以上に奥が深い万年筆の世界。。。
調べていると、なんだか興味が沸いてくる。

万年筆トークがしたい!!
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2011年01月09日

2011年

遅くなりましたが、新年第一号の日記。

年始は、実家でゆっくりと過ごし、充電することが出来た。
毎年恒例の「元日古典読書」については、
今年はルソーの「人間不平等起源論」をチョイスし、
2日までかかったが読了した。

簡単に言えば人類が発達し、「所有」という概念が生じることで
「不平等」が発生した。
さらに社会の発展をすすめていくことで、「階層」が発生し、
不平等は確立される、ということ。

「徳なき名誉、知恵なき理性、幸福なき快楽」を追う存在に
なるだけであれば、進歩とは同時に頽落である、ということ。


古典の難しい本を読んだ後は、小説を読みたくなり、
海堂尊氏の、「ジーン・ワルツ」(新潮文庫)をセレクト。

不妊治療・体外受精を扱った医療ミステリー。
「命を産む」ということの重たさと、
生命倫理の根幹を扱った、非常に重たい小説だった。
どこまでが中絶として認められるのか、
殺人と中絶と何が違うか、、
障がいとどう向き合っていくか、
代理出産の是非、
厚生行政の行き詰まり、等。


そして今は島田裕巳氏の、「人はひとりで死ぬ」(NHK出版新書)
を読んでいる。

「無縁社会」がNHKで取り上げられ話題となったのが一年前。
だけれども、そもそもそれはどういうことなのか、
そして、それはどのような過程を経て至った事象なのか。
そういったことを宗教研究家として触れている。



何となく、最近の読書から得られた教訓としての共通点は、

いま起こっている事象を「悲劇」として捉えるだけの
短期的な視野は何も生まないということ。
我々が何を望み、意志し、決断してきたのか。
その結果どのようなことになり、
それは今後さらにどう進めていくべきなのか。

を、きちんと整理していくべきだということだろうか。

たとえば、「脳死」という概念は、
医療の高度な発達によってもたらされた事象であり、
法律や価値観の方が、
その事象についていけていない。

たとえば、「公的年金」を巡る議論は、
明らかに人員構成の変化、具体的に言えば平均寿命の伸長が
根本的な原因であるのに、人間の生き方・働き方そのものが
見直されるという議論の仕方は聞いたことがない。


自分の成長の遅さや、時間の流れの早さを、
どんなにか嘆いてみたって、気がつけば常に現在がここにある。
2011年だってもう1週間以上が過ぎて、きっとすぐに春が来て、
季節が流れて、来年が来る。


今を一生懸命生きようというのは当然過ぎることなのだけれど、
それだけではなくて、
これまでの歩みに対する敬意や慕情といったものを、
これからの歩みに対する希望や覚悟といったものを、
我々の人生の中に、きちんと持つことが出来るのか。

これが、「社会を良くする」ということに対する根本解に
なるのではないかなんて、また取り留めのないことを書かせていただく。


本年もどうぞよろしくお願いいたします。
posted by JPAK at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月31日

2010年を振り返る〜家族について

大きなお別れがあったと同時に、
今年は結婚をする、ということも決まって、
プロポーズ、結納、準備が次々に進んでいった年の後半であった。

人生ってのは、何となく過ぎていくような気がする時もある反面、
すごく意志する瞬間ってのがあって、その繰り返しで道が過ぎていく。

どんな道を歩むも自由だけれど、
「自らの責任において生きていく」
そのことだけが出来る/出来ないというのは
人生の価値を左右する重大な問題であって、
「この道で良かったのだろうか」っていう問いだけは、
しないようにしたいと思う。

人生の来方の正当性を、人生の行末においてのみ
担保する人間でありたいとのたまった。
今でも何も変わらない。


そして、新しい出逢いと決断をして、
誰かと一緒に生きていくということは、
想像していた以上に自分の人間性をむき出しにしてくれると知った。
人生って、面白いもんだなぁと心底そう思う。

家族のことを色々考えた一年だった。
いろんなことがあったなと。
何より、それが一番の感想。

この大雪が、色々なものを鎮めてくれるような気がする。
京都の街も、珍しく真っ白になり、深々と今も雪が降りそそいでいる。

来年は、きっと色々な動きが始まる年になる予感がしている。
ならただ一つ、優しい人間でいられるよう、そう願うのである。

皆さまにとって、心鎮まる年越しでありますように。
posted by JPAK at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年を振り返る〜祖父について

5月のとある日に、おじいちゃんが食べ過ぎで入院した。
5年ほど前に生死をかけた大手術を経験して以降は、
けっこう調子が良くて、そんなに心配していなかった。

お見舞いに一度行った。
その後東福寺に、無事を祈りにも行った。

軽い肺炎が起きていたけど、熱も下がってきて、
そろそろ退院か…という気分の時に、突如容体が急変して、亡くなった。

その後のことは、5月の日記の通り。生と死と、宗教とか家族とか、
色々考えた。今でも、やっぱり考える。

上手く言えないけれど、おじいちゃんはいなくなったのだと
頭で理解しているつもりでも、やっぱり死というものが
上手く捉えられていない。

そう、人は死ぬ。それはきっとそうなんだけど。
どんなに親しい人でも、肉親でも、いつか死ぬ。
それはきっとそうなんだけど。
昔から思っていた、「自分が死ぬ」という事態は、
今でも理解の範疇を超える。

おじいちゃんが今でもたまにひょっと出てくるのではないかと思うのだ。

あるいは、自分が死んだら、
あの何気ない日常が戻ってくるのかもしれない。
場合によっては、全て夢でした、と言われても、別に不思議はない。

『私は月に言ったことがない、と断言することはできない』
って言ったのはウィトゲンシュタインだったか。

要するに、生きてることも、そんなにはっきりした事実じゃない、
ってことを、それ以来、思い出した。

だからこそ、一生懸命生きないとね、ってことも、その通りだと思う。

だからこそ、死を想って生きないとね、ってことも。

親愛なる祖父が旅立ったことを、
必ずしも哀しむだけで終わらせることのないように。

今日、墓参りに行った。大雪の中で、凍っているお墓もたくさんあった。
そんな中で、一生懸命、掃除して、線香を立てる、
「こちら側」の「我々」が語りかけるべきこと、聴くべきことが、
たくさんある気がしている。
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2010年12月30日

2010年を振り返る〜仕事について

昨日、会社の納会で
日本酒→ウィスキー
→焼酎(38度!)→ビール→別の焼酎(38度…)

とすきっ腹に全部ストレートで流し込んだところ、
大変気持ち悪くなって、京阪電車を途中下車してしまった。
大事には至らなかったが…

その後の大学時代の友人との忘年会では、
シャンディガフで酔いざまし…

今日も起きてからあまり動けない。
自分の限界をもう少し知っておくべきだなぁと。

さて、今年はプライベートでは大きな転機が2つあったのだが、
それは明日にでも振り返るとして、仕事について振り返っておきたい。

一昨年がRM1年目で、大変に苦しんだ一年であった。
昨年は2年目、色々なことが出来るようになり、楽しい一年であった。

今年、3年目にもなるとほとんどのことが予期できるようになる一方で、「どうしても成し遂げたい仕事」が出来た。

そして、それは7月の終わりごろに、
「客と本音で語り合い、酒を飲む」という当たり前のようで
けっこう難しいことを経て、ようやく成し遂げられた。

正直言うと、そこから先は、業務をこなしつつ、
来年の種もまきつつ、だけれども、どこか身の入らない時間であった。

僕の中で、一つの区切りが来ていることを、強く感じる。
また、来年度からは、役職も昇格することになる。

会社が大切なものであり、周囲の人たちにも恵まれ、
素晴らしい時間を過ごしているのだけれど、
自分の成長、という意味からは、もうここに留まりたくない、
というのが本音である。

そして、まさにこの本音こそが、自分がまだ社会人、企業人として
一人前ではない、ということを物語っている。
自分は会社に、そして社会に貢献するために働き、
その結果として給料を得ているのである。
だから、自分の成長などというものより、自分の能力や労力が
貢献できるものであれば、それで良いのであって、
成長しようとしまいと、業績を残せればそれで良いはずである。

なのに、RMとして少しは使い物になった時点で、
もう自分で勝手に区切りをつけているのだから、
まだまだ新入社員と大して変わらない、陳腐な忠誠心なのである。


だけど、だけど、
僕はどうしてもどうしても
今と同じ状態であと一年以上も留まることだけは
避けたいと思っている。

出来ることなら、海外に行きたい。
そして、自分の矮小な価値観や人生観を、少しでも大きくしたい。

それが、立派な政治家になる、という目標に対して、
今は一番有益なことだと思うのである。

相変わらずの甘ちゃんなのだが、
こんな僕を支えてくれる仕事関係の皆さま、
上司や先輩や、同期やお客さん、
全ての方に、心から感謝したい年末である。


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2010年12月26日

【志具現化】第25回きょうの交流会(望年会)報告

12月23日、朝早い新幹線で、東京へ向かう。
車中から見る富士山は、今まで見た中でも一番雄大であった。

早く着いたので、新橋亭で祥慶さんに挨拶し、近況報告。
婚約者も紹介できたし、久しぶりにきちんとお話できて嬉しかった。

会は、40名程集まっていただき、こちらも久しぶりにお会いする
古山氏から、「灼熱の志」というテーマで語って頂いた。
思えば3年前の交流会でも「志」という漢字について
語っていただいた氏であり、今回はそれも思い出しつつ、
講演をお願いした次第。

@何をやりたいのか
A何故それをやりたいか
Bそのために今何をしているのか

この3つを常に考えて行動していれば、志は現実化する可能性が高くなる、
と思っているが、氏のお話にはこれらがきちんと網羅されていて、
さすが!の一言。

時間の関係で、他に集まっていただいた参加者みなさんの志や、
古山氏とのコラボレーションを起こさせるようなファシリテートが
出来なかったのが反省点。


会の前には、「そろそろ『交流会』という名称を辞めたい」なんて
書いていたが、やっぱり初めて会った人、久しぶりに会った人との
「交流」これも自分の会の大きな大きな要素であるから、
やっぱり名称変更はしばらくなさそうです。


この年末の慌ただしい最中に、休日一日使って集まっていただくだけでも
本当に有難いことなのに、今回はサプライズで結婚のお祝いまで
いただいた。
寄せ書きと、ラデュレのマカロン。

自分自身、会の運営で頭がいっぱいで、
そんなドッキリがあるとは夢にも思っていなかった。
本当にうれしかった。


みんなの感想の中に、
「年末の恒例行事」「この会に出ないと年を越せない気がする」
そんな嬉しいコメントもいただいた。

結局僕が一番楽しみに行っているわけだから、
言われるまでもなく、今後も末永く続けていきたいと思う。
posted by JPAK at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月22日

明日は望年会

新橋亭で「望年会」をやるのは、4回目になる。

1回目は4年前、「華僑3世の生き方」
現在新橋亭の社長になった呉祥慶さんからの含蓄あるお話だった。

2回目は3年前、「来年を漢字で表す」
みんなで思い描いた未来になるよう、一人一人が明るい未来をつくろうと、
すごく前向きな会になった。

3回目は昨年、「日本を変える提案」時間が全然足りないくらい、
みんなが真剣に、かつユーモアあふれる提案で、日本はいくらでも
やっていける、という希望と志あふれる会となった。

その全てに出席してくれた人も少しいる。
今回初参加となる人もいる。

今回のテーマはズバリ「灼熱の志」
一人が発表し、訴え、それをみんながどう応えていくのか、
とってもとっても楽しみなのである。

実は、「交流会」という呼び名も、
そろそろ卒業したいと思っているのである。

僕は、「異業種交流会」なんて、チンケなものをしたいわけではない。
「たまには異業種の人と話してみるのも良いかもね〜」
なんて気分転換の会にする程度のイベントなら、
なんで日帰りで東京往復なんかするんだ!ってなもんで。

「縁」を「絆」に昇華させる力、
「志」を「具現化」させる機会、
「智」を「結集」させる空間、

うまく言えないけど、そういうことを目的としていたい。
それが「きょうの交流会」のレゾン・デートルでありたい。




とは言っておきながら、
僕は僕の人生で出逢ってきた大切な人達と一気に会えるから、
それだけでも、喜んで向かうんですけどね。
posted by JPAK at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月11日

小説とテレビ

ついつい『秘密』を見てしまうが、
ほぼ小説通りの進行、台詞にも関わらず、
小説の時ほどの衝撃がない。

それは、ストーリーを知っているから、という部分が大きいのだろうと
思うが、いっぽうで、テレビだから、という理由もあるのかな。

小説を読む時って、みんなどんな風に読むのか知らないが、
僕の場合は、自分を主人公のイメージで読んでいる。
周りの人もそれに相応する人のイメージになる。
当然感情移入するので、感慨も極まる。
音楽も、効果音も、なんだか頭の中で奏でられている気がする。


テレビの場合は、俳優がそれを行う。
音楽、効果音も、色々工夫されて、決まっている。

それがイメージに近いものであるも良し、
イメージから遠くても、それもまた味わい深し。
でもやっぱり小説>テレビだと思う。
感慨の深さという面においては。

と言いつつ、テレビで泣きかけた。
『秘密』は良い作品だと思う。
posted by JPAK at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月10日

こんにちは赤ちゃん

朝、とあるメールでとある人と動画を紹介される。

「目の前の人を幸せにする」ことの大切さについて。

そんな一日が始まる。

昼、食堂で談話。

「子どものいない人生なんて考えられない」

というのは、既に子どものいる諸先輩方のご意見。

朝と昼、きっと同じことを言ってたんだろうなあ。

最近そんなことばかり考えてる。

何のために生まれて、何をして生きるのか。
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2010年12月09日

天下茶屋

去年の今頃、忘年会の後、
何故か酔っぱらい過ぎて天下茶屋で降りて途方に暮れたあの頃。
今日は無事家に帰ってこられた。去年よりだいぶマシ。

あの頃どうしても成し遂げたかった仕事は、何とかやりとげることが出来た。
自分の力もあったかもしれないが、むしろたくさんの人のおかげでやり遂げられた。

一年経って、早い早いと言いながら、確実に色々なことが変化した。

だからこそ、次の変化がもう待ち遠しい。

いつも思う。良い仕事がしたい。良い企業人でありたい。
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2010年12月08日

中江藤樹先生を偲ぶ

先週実家に帰っていた時、おばあちゃんがやってきて、
「こんなんもろてきたんやけど、純平はんは賢いから暇な時に読みなはれ」
と、先日の北陸旅行の際に訪れた、「藤樹書院」という
中江藤樹の資料館のパンフレットや、中江藤樹のエピソードが
一杯載った藤樹神社ポストカード集を僕に預けてきた。

「おじいさんはこんなんが好きやったさかいに」
確かに亡くなったおじいちゃんはこんなんが好きだった。

そして、大変親想いで有名な藤樹先生の、
自身の奥様にまつわるエピソードは、なかなか驚いた。

「先生の奥さん、久子夫人は、美人ではなかったようで、お母さんが
たびたび離婚をすすめましたが、
先生は『久子はなるほど器量はよくないが、大変素直でかしこく、骨身おしまずよく働き、しっかりしていますからどうぞこのままにしておいてください』とお母さんにきっぱり断りました。
『孝行という事は、何でも親のいいつけ通りにすることではない。もし、親の方に間違いがあったら、いろいろ手をつくして、その間違いを正さなければならない。』と先生は考えておられます。」

…そんな大層なことなんだろうか。。。と思ったのは小職だけか。

「容姿」を理由に離婚をすすめる母親。。恐。。
旦那さんも、「なるほど器量はよくない」なんて。。
なんだか久子さんが不憫になる。

大変残念なことに、若くして久子さんは亡くなったらしい。

何だか切なかったよ、おばあちゃん。
posted by JPAK at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする